
って、言えるようなモノではなく、黄砂のような薄曇りです。
昨日の写真ですが、ちょうど満潮時でした。埋め立て等で、港が狭くなった感じがしますが、海面近くまで高層ビルが建ち並んで、風景がすっかり変わってしまいました。
25年前、長崎に来た時は大きなビルもそんなに数は多くはなかった。
商業ビルやマンションが増えて、古くからの住宅地や商店街は人通りも減少して来ています。



水辺の公園の桜が咲いてました。
まだ、咲き始めたばかりで、この木以外はまだ蕾でした。週末くらいが見頃かな。
追記
今日、長崎でも開花宣言が出たそうです。



時々、写真雑誌を買ってます。毎号買う金も惜しいし、なによりも興味を引くような記事が少なくて、立ち読みで充分になっています。
今月号に「スナップ受難の時代」って、言葉がありました。確かに無闇に他人にカメラを向けられないし、子供、特に女子など撮影したら、ヘタすりゃ通報されることもあるような時代です。
まあ、いきなり知らない人間からカメラを向けられりゃ、誰だって不審になるのは当たり前のことですが。なので、どうしても「ヒト」より「モノ」に語らせようとする写真になってしまいます。
あの時代に青春をすごした人なら、一度は名前を耳にしたか、あの映画を記憶していると思います。原作のA・C・クラーク。90歳で亡くなりました。
たしか、映画のパンフレットがあったと思って探してみたけど、ロッカーの奥の方に仕舞込んでいるので、断念。私は初上映当時ではなく、リバイバルで75年頃に見たような記憶。その後、ビデオも含めて、数回見ています。
あの宇宙ステーションが回転しているシーンと音楽が印象的でした。
子供の頃は遠い2001年だったけど、あっという間に過ぎ去っていきました。
最近は星空を見ることも少なくなりました。


写真の展示方法をアレコレ試してみた結果、結局自作しました。太いアルミの針金を買って来て、ペンチで切って曲げて。
ま、それなりのモノが出来たかな。ピンで壁に直接貼るのは、ピン跡が残ってしまうので、こういうやり方が良かったような気がします。他に良い方法が見つかれば、変えれば良いし。
貧乏は身を助ける。



洋館には赤い花が似合います。ベゴニアかな?
こんな家に住みたいと思ってた時期もありますが、現実は難しいものです。手入れも大変だろうし、なによりも建築基準法などの法令で、自由には建てられません。
良い天気が続いていて、どっかに行きたい気分になってきました。



鎖国時代から貿易港だった長崎港は、1854年に来航する外国船に開港。1860年頃から大浦一帯の海岸が埋め立てられ、居留地が造成されました。グラバー邸のある東山手・南山手一帯です。
現在では保存されてる建物も多くはなく、資料館などとして運営されています。

今回はお嬢ちゃまの巻です。
この公園、イベントがある時など、上空に舞うトンビを多く見ます。
みなさんもご注意してください。



「長崎に届いた、みんあからの手紙。」と題された POSTCARD 展に30年前に撮影した作品を出品しました。
30年という時を超えて、あの頃が蘇ってきます。20枚近い組写真として作成していましたが、オリジナルのポジフィルムがあちこち散乱していて、発見出来たのは数枚。大事にしてなかったから。



ランタンフェスティバルも終わって、人通りも少なくなった中華街。
ちょっとは春めいて来たような良い天気です。


骨董店(NHK教育の「おじゃる丸」のたなかよしこの店のような感じかな)の店頭に並べられている骨董というか。。。。。
そんな中に目を引いたのは「ハニワ」。値札をよく見なかったけど、いくらで売ってるんだろう?
その左下にはたしかシルバニア人形の家とか。季節物のお雛様も。従者しか無いようだけど。
うーん、骨董は奥が深い!


ありがたくないモノが降ってきます。年ごとに酷くなってきてるようにも見えます。
洗濯物も出せなくて。しばらくは続くのかな。